新・使用上の戯言

意味がない、という意味を求めて紡ぐ、無意味な言葉の連なり。

2015年11月

はいどうも、

何となくTumblrをのんびり眺めていたら

無性に文章が書きたくなった、

使用上の注意です。

普段オレ達が何気な〜く生きているこの社会は、

実は様々な才能で溢れていて、それが惜しげもなく披露され続けている。

それが現実なのではなかろうかと。

それが証拠にTumblrには、クスリと笑えたりニヤリと笑えたり

う〜むと考えさせられたりマジか…と驚愕させられたり、

体の一部がHot!Hot!になったりやべぇ早く寝なきゃと焦らされたり、

そんな引用や転載や独自創作やニュースや画像が次から次へと流れていて、

もはやそれを全部消費することなんて不可能であって

群がる情報をちぎっては投げちぎっては投げしているうちに

“あっ”という間に深夜2時。

まさにスタンド。

まさにThe World。

jojo14




ただ、そうやって世界の片隅でひっそりと生きるこのオレの、

ざわつく心をさらにざわざわさせてくる名も無きタレントフルな一般ピーポーは、

よくよく考えると情報発信手段と類まれな才能を併せ持った人間なわけで。

条件的にはかなり目の細かいフィルターを通過した人たちであり。

世界中の人口から考えると本当にごくごく僅かな割合でしかないし、

今この瞬間飢えと病気で死の淵に直面しているどこかの国のある人は、

実は手段さえあれば世界を変えうる才能を発揮していたかも知れず。

言い換えれば、情報発信の手段を持っている世界中の限られた人たちの中でも、

さらに“他にはない才能”を持った人たちが繰り出す情報だけでさえ

こんなにも時間を忘れさせて没頭させる魔力を持っているのであるからして、

それ以外の“その他大勢”に便宜上分類されてしまっている

埋もれたタレントが真の実力を発揮してしまったら…。

オレの一日は24時間で全く足りなくなるに違いない。



とはいえ、どれほどに珠玉の情報であったとしても

それが数えきれないほど集まってしまった時、

一瞬にして全てが等しく砂のひと粒に成り果てる。

九十九里浜の真砂の中からたったひと粒を見つけ出せ。

と言われてもできるわけがないし、それが世界規模で行われてしまえば

早々に白旗を掲げてふて寝を決め込むしかないのは自明の理。

今夜オレがその情報に出会えたのは、安っぽい言葉のチョイスではあるが、

奇跡としか言いようがない。



奇跡だ。

おぉ、奇跡だ。

どれほど言葉を費やしても全くもって山場と落ちと意味を含まない

このブログを、ここまで読んだあなたは奇跡の人だ。

奇跡の人に、幸多からんことを。

大変申し訳ございませんでした。

それじゃ。

はいどうも、

ニュースは突然降ってくる、

使用上の注意です。

情報洪水社会と呼ばれて久しい現代社会において、

全く意識しない角度から脳天直撃セガサターンと

降って湧いてくるのがニュースであって、

むしろあらかじめ詳しい内容が分かっていることが

手元に届いたところでそれはニュースではなく、

確認であるとか、報告であるとか、そういう類の情報なわけで。

これだけ情報が氾濫し、反乱している中であっても

古来からニュースはニュースとして数多の人類を直撃してきたわけですよ。



ニュースは突然降ってくる。

二度寝の至福を満喫していようが悦楽の波に溺れていようが

悲しみの縁にくれていようが怒髪天を衝いていようが、

ニュースは突然降ってくる。

その中身は、千差万別。

待ちに待った朗報もあろう。

泣きっ面に蜂のごとき悲報もあろう。

内容もよく分からない速報もあろう。

そして中には、不意の訃報もある。



この世に生を受けて30と数年。

人間50年と謳われた敦盛の時代はいざしらず、

男性の平均寿命が70を越えるこの時代に、

なぜ彼は逝ってしまったのか。

「早すぎる死を悼む」とか「悲運の死」とか「悲劇の逝去」とか、

言葉はどれも力不足を否めない。

何をもってしても、その死を言い表すことができない。

ような気がする。



とはいえ、さはさりなれど。

結局残されたヒトはしばらくの時間を置いたとしても、

これまでと同じ時間を過ごさざるをえない。

ある人は仕事に励み、ある人は子育てに追われ、

またある人は旅の続きを歩み出す。

そして残されたヒトもまた、逝く。

それで良い。

それで良いじゃないか。



彼が生き、彼が逝ったことを胸に刻み、

いつもと変わらぬ日常をつつがなく過ごす。

それが一番の供養になるんじゃないかね、多分、きっと。

それさえ自己満足に過ぎないんだろうけれど、生きねばならん。

生ききらねばならん。



そしてまた、ニュースは突然降ってくる。

冥福を祈りつつ、

精一杯の意を捧ぐ。

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