はいどうも、

気づけば何気に12月、

使用上の注意です。

月日が経つのは早いもので、

早くも一年を締めくくる師走の到来ですね。

いや、遅っ」って感じですが。








という訳で本日の戯言は「キーボードの大切さを知る。」である。

“一応”ものを書く事でお金を頂いている身として、

書く為の道具に対しては拘りが私にはある。

特に、一日の大半をPCの前で過ごす私にとって、

『キーボード』という道具はかなり重要なキーアイテムといえる。

コピーを書くのもテキストを書くのも、

メルマガを書くのも謝罪メールを書くのも、

キーボードで入力作業をするからだ。



多分、普通の人はここで

「キーボード?んなもんパソコンに最初からついてた

 ヤツで十分ジャン」なんて思うだろう。

誤解を恐れずに言わせてもらう。

キーボードを舐めんなだ。

いや、別に煽り立てるつもりも怒らせるつもりも毛頭無い。

しかしこれだけは知っておいて欲しい。

キーボードというのはパソコンでの文字入力作業を

大きく左右する、大切なファクターなのである。



毎日毎日、来る日も来る日もキーを叩くのだから、

少しでも自分の微妙な感覚にマッチするキーボードを使いたい。

それは一人の職業人として当たり前の感覚、だと私は思う。

大工が鋸と槌に拘るように、

杜氏が桶と柄杓に拘るように、

営業が手帳と計算機に拘るように、

教師がチョークと黒板に拘るように、

キーパンチャーがテンキーと座布団に拘るように、

プロとしてのパフォーマンスに対する拘りが、

道具に対する拘りを生むのだと、私は思う訳である。



とはいえ、一口にキーボードのタッチ(キーを押した時の感覚)

といっても、それこそ世の中には掃いて捨てる程異なる商品がある。

まずキーボードの仕組みからして違うという事をご存知だろうか?

メカニカル」「メンブレン」「パンタグラフ」と、

大きく分けて3つの機構が存在しているのだ。

その上、各メーカーごとの“味”を文字通り“加味”していけば、

キータッチを簡単に語れるものではない事が分かる。

そう、キーボードの世界は非常に奥が深いのである。



そんな私のキーボードに対する熱い想いや

プロフェッショナルとしての拘りを

知って頂いた所で、一つの格言を紹介したい。























































弘法筆を選ばず

意味:
弘法大師のように書に優れている者なら筆の善し悪しは関係ないという意味。
一般化して、技量が優れていれば道具に左右されないの意。
達人の域に達すればどのような状況でも失敗しないの意。
転じて、自分の技量の不足を道具のせいにしてはならないという戒め。

自分の技量の不足を道具のせいにしてはならないという戒め

技量の不足を道具のせいにしてはならないという戒め

技量の不足を道具のせいにしてはならない

道具のせいにしてはならない

はい、済みません。

それじゃ(#゚Д゚)/~~