はいどうも、

つい先日「働く理由」について考えてみたけど結論が出ない

と書いてみたらタイムリーな記事を見つけて激しく同意した、

使用上の注意です。

その記事がコレ。


ざっくり乱暴にまとめてみると、

(前略)

労働は幸福であり、労働の対価は新たな労働。

ゆえに労働には終わりがない。

そんなエンドレスサイクルを回す原動力とは、『俺最高!』感覚。

高いハードルを越えた俺最高。

クライアントの役に立てる俺最高。

会社の利益を計上できる俺最高 etc…

『俺最高!』感覚=自己愛。

また、チームリーダーとして責任と部下を任された場合、

メンバーが『俺最高!』感覚を味わっている姿を見て

メンバーを幸せにできてる『俺最高!』が成立するので、

自己愛も突き詰めれば他己愛として無限に拡大していく。

それらの『俺最高!』感覚=自己愛こそ終わりなき

労働サイクルを動かすエネルギーであり、働くコトの理由である。

(後略)

って感じ。



確かにコレだ。

働いていると数々の失敗や挫折を繰り返した末に、

いくばくかの成功体験を手に入れるコトができる。

たとえそれが全体論として失敗だったとしても

個別具体論の範疇では成功したと言えるケースだってある。

そうした小さくても確かな成功体験は成長とやりがいをもたらすものであり、

簡単に言えば「ドヤ顔」をもたらす福音なのだと。

そうした『俺Tueeeeeeee!』感覚が期待されるからこそ

人は日々の激務に対して心折られるコトなく

毎朝会社に向かえるのだと思う。

また新たな案件と苦難と徹夜と体調不良を呼ぶ悲劇のファンファーレが

高らかに鳴り響いたとしても、嬉々として死地に向かうエネルギー。

それが近い将来の全能感、多幸感、達成感、充足感ではなかろうか。

頑張れば頑張っただけのリターンが見込める。

そんな期待値が脳ミソの奥底に刻まれた報酬系を活性化させ、

オレを動かし続けているんだね、多分。



あと、自己愛を拡大すれば他己愛につながるという考え方は、

内田樹氏の著書でも読んだコトがある。乱暴にまとめるに曰く

「利己主義とは徹底的に自分を利するために行動するというもので、

 一見自己中心的な行動を肯定するように思えるがさにあらず。

 結果として自らを快適な状態に持っていくためには

 ある瞬間は自己犠牲的な選択を必要とするのであって、

 利己主義を徹底することは社会の安定にさえつながる」と。

例えば親友との蜜月を維持するコトが自分を利する行動だとしたとき。

その親友が機嫌よく自分と接してくれるよう振る舞う必要がある。

だとすればときには自らの欲求を抑制して親友の意向を尊重するべきだ。

なぜならそれが直接的には他己的な行動だとしても、回りまわって自分が

求めている快適な状況を創り出すわけだから、結果的に利己主義といえる。

って感じ。



ってコトから、オレが働く理由は『俺最高!』を味わうためであり、

幸せを追求するためにはオレを滅する必要もある、という結論が出た。

うん、何だか胃を壊しそうな気がするのは気のせいですか?

気のせいですか。

そうですか。

それじゃ。