はいどうも、

ネタに困ったときは自分の恥ずかしい過去を切り売りしてしのぐ、

使用上の注意です。

じゃぁわざわざブログなんて書かなくても…、

なんていう思いもしないではないが、

それ以上に自己顕示欲が強いのでこうなる。

そして、自分の社会的評価がどんどん下がるのを

唇噛み締めながら見守るのがお約束のルーティン。

どんなに恥辱にまみれようと抑えきれない自己顕示欲に任せて、

今日は柄にもないことを考えてみたので

開陳してみようと思う、柄にもなく惜しげもなく臆面もなく。



まず、前提として使用上の注意ことオレは、

それなりに恋愛経験を積んでいるという点を頭に入れてもらいたい。

あれほど“人並み”を嫌うオレもはやり人の子。

人並みに恋をして、人並みに失恋し、人並みに成就して、

人並みに恋愛経験を重ねてきている、はず。

で、32歳という節目でも何でもない年齢の今、

改めて過去の恋愛経験を点検してみるに、

その時どきのパートナーに対する愛情表現の類が少なかったように思う。

というよりも、愛情表現という名を借りて二人の関係性をメンテナンスする、

ぐらいの意識でいた、確か。



つまりどういうことか。

年頃の女子というやつはピサの斜塔も真っ青なほど不安定であって、

いや、むしろ傾きながらも物理的平穏を保っている

ピサのひねくれタワーの方が数億倍も安定しているだろう。

とにかく、付き合って間もない頃ならまだしも、

数ヶ月を経ようもんなら「本当に私のこと好きなのかしら?」

とかいう面倒臭い可憐な乙女心に翻弄されてしまう、本人が。

まぁそういう疑問を抱かせるに至ったのは

普段ほとんど自分から連絡をしなかったり

平気で他の女の子と遊びに行ったりしていたオレにも

原因の一端があることは否めない。

いや、まぁほとんどの原因はオレに帰責するんだろうけど

この際そういう批判的意見は一切黙殺するので悪しからず。



とにかくまぁ不安に駆られる訳ですよ、彼女たちは。

そういう時、男子諸君はどのように対処すべきか。

これはもう先人たちの累々たる屍の上に燦然と輝く、

我慢とか忍耐とか受容とか無我とか、

そういう類の概念の中に確かな答えがすでにある。

平たく言えば

『我慢して愚痴を聞いて共感して(るフリをして)最後に「好きだよ」』。

これに尽きる(ゲス顔)。



と同時に、紙面が尽きたのでちょっと失礼。

また会おう、恋に悩む青少年よ。

それじゃ。