僕たちは、自分たちが騒々しい喫茶店にいることをすっかり忘れていたようだ。年
崎の厳しく理不尽な主張に自分の思いをぶつけようとするあまり、かなり大きな声
が出ていた。門馬は、そんな僕をクールダウンさせるように言葉を紡ぐ。
「正直さ、年崎の言うことに一理あると俺も思うわけ。いいことを言おうとしたと
きに限って何だか気取った言い回しとか気の利いたセリフを何とかひねり出そうと
するから、やっぱり失敗する可能性は高い。笑いも同じでさ、笑わそう笑わそうと
すればするほど底なし沼に引きずり込まれるような感じでスベるんだよね。でも、
それは多分誰にでも言える話であって、特定の誰かに限定されるもんでもないんじゃ
ねぇかと思うぜ?なぁ年崎、そう思わねぇ?」
「それはそうかも知れないが、十人いれば十色揃うぐらいなんだから個々のトーク
スキルはバラバラだ。それならこいつが会話の起点になるより誰かもっと上手いや
つが話を始めた方が有意義じゃねぇか」
「いやいやいやいや、そもそも門馬がいってる論点のずれってなんだよ?」
また話題がどんどんおかしな方向にずれていくような気がして、慌てて僕は軌道修
正を試みる。しかし、どうやら僕には議論を操る力などないみたいだ。ごうごうと
音を立てて流れる長雨の後の川みたいに年崎と門馬の話は流れていく。
「トークスキルが人によって違うのは認める。誰だって3割バッターになれるなら、
プロ野球は商売にならん。ただ、俺がいってるのはあくまでも一般人の話であって、
飛び抜けて話が上手いやつはとっとと業務用のどでかいスポットライトを浴びる世
界へ旅立てば良いだけだろう。そうじゃなくて、普段は日の当たらない地味な世界
に生きる俺たち一般ピーポーが、たまにはうっすらと弱々しく光る頼りなさ気なス
ポットライトを浴びるときだってあるんじゃねぇかってことだよ」
「仮にお前の話に乗っかったとしても、やっぱり納得はいかねぇなぁ。最低限のス
キルがない人間は、スポットライトを巧妙に避けながら生きるべきなんだって。じゃ
ないとしょうもない話に付き合わされるその他数十億の民が路頭に迷う」
「路頭に迷うってなんだよ。俺の話は人の一生を左右する力があるのか」
「お前はちょっと黙ってろ」
「お前はちょっと黙ってろ」
突然主役の降板を告げられた売れない役者は、こんな気持ちを味わわされているの
か。いや、売れない役者の知り合いはいないし会ったことも見たこともないけれど、
今の僕はまさにそんな気持ちを味わっていた。しかも突然。悲しみを癒してくれる
のはぬるくなったアイスコーヒーなんかじゃない。断じてない。それでも僕は、も
はや原型を留めない、氷らしい何かが浮かんでいる元・アイスコーヒーに口をつけ
る。年崎と門馬はどうやら、今の芸能界についての議論へ移ったらしい。
「おぅ、待ったか?無事だったか?」
長い旅からついさっき帰ってきました、とでも言いかねない勢いで、樫波が現れた。
崎の厳しく理不尽な主張に自分の思いをぶつけようとするあまり、かなり大きな声
が出ていた。門馬は、そんな僕をクールダウンさせるように言葉を紡ぐ。
「正直さ、年崎の言うことに一理あると俺も思うわけ。いいことを言おうとしたと
きに限って何だか気取った言い回しとか気の利いたセリフを何とかひねり出そうと
するから、やっぱり失敗する可能性は高い。笑いも同じでさ、笑わそう笑わそうと
すればするほど底なし沼に引きずり込まれるような感じでスベるんだよね。でも、
それは多分誰にでも言える話であって、特定の誰かに限定されるもんでもないんじゃ
ねぇかと思うぜ?なぁ年崎、そう思わねぇ?」
「それはそうかも知れないが、十人いれば十色揃うぐらいなんだから個々のトーク
スキルはバラバラだ。それならこいつが会話の起点になるより誰かもっと上手いや
つが話を始めた方が有意義じゃねぇか」
「いやいやいやいや、そもそも門馬がいってる論点のずれってなんだよ?」
また話題がどんどんおかしな方向にずれていくような気がして、慌てて僕は軌道修
正を試みる。しかし、どうやら僕には議論を操る力などないみたいだ。ごうごうと
音を立てて流れる長雨の後の川みたいに年崎と門馬の話は流れていく。
「トークスキルが人によって違うのは認める。誰だって3割バッターになれるなら、
プロ野球は商売にならん。ただ、俺がいってるのはあくまでも一般人の話であって、
飛び抜けて話が上手いやつはとっとと業務用のどでかいスポットライトを浴びる世
界へ旅立てば良いだけだろう。そうじゃなくて、普段は日の当たらない地味な世界
に生きる俺たち一般ピーポーが、たまにはうっすらと弱々しく光る頼りなさ気なス
ポットライトを浴びるときだってあるんじゃねぇかってことだよ」
「仮にお前の話に乗っかったとしても、やっぱり納得はいかねぇなぁ。最低限のス
キルがない人間は、スポットライトを巧妙に避けながら生きるべきなんだって。じゃ
ないとしょうもない話に付き合わされるその他数十億の民が路頭に迷う」
「路頭に迷うってなんだよ。俺の話は人の一生を左右する力があるのか」
「お前はちょっと黙ってろ」
「お前はちょっと黙ってろ」
突然主役の降板を告げられた売れない役者は、こんな気持ちを味わわされているの
か。いや、売れない役者の知り合いはいないし会ったことも見たこともないけれど、
今の僕はまさにそんな気持ちを味わっていた。しかも突然。悲しみを癒してくれる
のはぬるくなったアイスコーヒーなんかじゃない。断じてない。それでも僕は、も
はや原型を留めない、氷らしい何かが浮かんでいる元・アイスコーヒーに口をつけ
る。年崎と門馬はどうやら、今の芸能界についての議論へ移ったらしい。
「おぅ、待ったか?無事だったか?」
長い旅からついさっき帰ってきました、とでも言いかねない勢いで、樫波が現れた。